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京都地方裁判所 昭和35年(わ)513号 判決 1960年7月13日

被告人 井上貢

昭六・三・一五生 左官

主文

被告人を懲役五月に処する。

未決勾留日数中十日を右本刑に算入する。

訴訟費用はこれを二分しその一を被告人の負担とする。

公訴第一事実については被告人は無罪。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は昭和三十五年六月十日午前一時頃京都市下京区七条通り高瀬川橋上附近において売春の周旋をする目的で折柄同所を通りかかつた堺政弘に対し「兄ちやん、もう帰りか、良い女の子がいるが二千円でどうや」と申向けもつて売春の相手方となるように勧誘したものである。

(刑の加重事由)(略)

(証拠の標目)(略)

(法令の適用)

売春防止法第六条第二項第一号(懲役刑選択)

刑法第五十九条、第五十六条、第五十七条

刑法第二十一条

刑事訴訟法第百八十一条第一項本文

(公訴第一事実の無罪理由)

本件公訴事実第一は「被告人は昭和三十五年六月九日午後九時頃京都市下京区七条通り高瀬川橋上附近において南喜美(当三十二年)との間に同女をして同区東七条川端町四須原屋旅館こと寺本花栄方において客待し被告人の勧誘した遊客を相手に売春する、売春代金は右南において六分、被告人が四分取得する旨契約し、もつて同女をして売春させることを内容とする契約をしたものである」というにあるけれども売春防止法第十条にいわゆる「人に売春をさせることを内容とする契約」とは直接又は間接に多かれ少かれ婦女を束縛又は強制して売春させる結果を招来し婦女の個人的自由の伸長を阻害すべき内容を有する契約を指称するものと解するのを相当とするところ(昭和二八年五月七日最高裁第一小法廷決定参照)司法巡査作成の南喜美の供述調書、司法警察員作成の被告人の供述調書、検察官に対する被告人の供述調書、被告人の当公廷における供述を綜合すると被告人が前掲日時場所において南喜美なる婦女との間に被告人は売春の相手方となる客を勧誘し、南は前掲須原屋旅館において客待し被告人の勧誘して来た客を相手に売春する、売春の対償として客より受取る金銭の内四分は被告人において六分は南において取得する旨の約束をしたことを認めることができるけれども右のような約束をするに至つたのは当夜南において明日の生活費に窮し苦慮した結果売春をして生活費を稼がうと考え、相手方となる客を探すため当時宿泊していた前掲須原屋旅館を立出で附近の高瀬川橋辺に行つたところ偶々ポン引らしい三、四人の男の姿を認めたので直接客を勧誘しては因縁をつけられると困ると思い、そのうちの一人である被告人に対し売春の相手方となる客の周旋方を依頼したところ承諾したのでこゝに被告人の受取る周旋料を四分と約束したものであり、右約束後南は直ちに前記須原屋旅館に立帰つて客待ちしていたところ同夜午前一時頃被告人において堺政弘なる客を勧誘して南を呼出しに来たものであること、被告人と南との約束は当夜限りのものであつて継続的のものではなかつたことを認めることができ又被告人と南との間に支配的関係が存在したことを認めるに足る何等の証拠もない。

そうすると被告人は当夜偶々南の依頼により売春の周旋をすることを承諾し周旋料の約束をしたに止まり同女に売春的拘束を及ぼす契約をしたものではないといわなければならないから叙上被告人の行為をもつて「人に売春させることを内容とする契約をしたもの」と解することはできない。

結局被告人が南との間に同人をして売春させることを内容とする契約をしたものであるという本件公訴第一事実は犯罪の証拠がないものとして刑事訴訟法第三百三十六条に則り無罪の言渡をなすべきものとした。

(裁判官 岡垣久晃)

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